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仙台高等裁判所 昭和31年(ネ)381号 判決

控訴人 裏磐梯山林組合

被控訴人 高瀬真一

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、

控訴代理人が、

(1)  被控訴人は、本件換価金に対し占有権を有しない。それのみではなく、占有回収の訴は、占有物の所在に追随して回収を計るべきであるのに、控訴人は、換価金七五万五千円及びその利息四万円を執行吏に返還したから、占有回収は右執行吏に訴求すべきものである。

(2)  控訴人は、福島地方裁判所会津若松支部昭和二七年(ワ)第七七号所有権確認請求の訴の取下をしたが、取下げるべきものでないことが判つたので、さらに同一内容の訴を同支部に提起し、現に係属中である。

(3)  控訴人は、被控訴人から控訴人に対する同支部昭和二六年(ワ)第二九号立木売買契約存在確認請求事件(仙台高裁同年(ネ)第二九三号、第二九四号、最高裁昭和二八年(オ)第二七七号事件)で被控訴人敗訴の判決が確定したため、右確定判決を本件仮処分事件の本案判決と誤信し、執行吏に対し前記換価金の交付を求めたところ、執行吏もこれを正当として、換価金を控訴人に交付したものである。控訴人が、これを執行吏に返還したことは既に述べたとおりである。

(4)  以上の次第で、控訴人は、本件仮処分の解放を撤回し、一旦受取つた換価金を執行吏に返還したので、仮処分は、原状に復した。右換価金は、前記本案訴訟の終局によつて、何人がこれを執行吏から受領し得べきかが定まるわけであつて、右換価金に対し何らの所有権、占有権を有しない被控訴人が、占有回収の訴によつて控訴人からその支払を求め得べき筋合ではない。

(5)  控訴人は、(3) で述べたような経過で換価金を受取つたものであるから、これについて控訴人に故意、過失がない。

(6)  被控訴人は、本件立木を控訴人から買受けたと称し、該山林を伐採したため、控訴人から仮処分を受けたものであるが、被控訴人の提起した前記立木売買契約存在確認請求が棄却された以上、所有権確認請求事件についてまだ判決がなくとも、常識上被控訴人に伐倒木の所有権のないことが明らかである。

(7)  執行吏の右行為によつて、被控訴人がどのような損害を被つたかは、これを知ることができない。被控訴人は、単に抽象的に損害を被つたと主張するだけで、具体的に実際生じた損害を主張していない。本件金七五万五千円は、被控訴人の所有し得べきものでないと同時に、被控訴人の利用または費消し得べき性質の金員でもなく、単に占有権に基いて占有、保管し得るに過ぎないものである。

と述べ、

被控訴人が、

(1)  被控訴人は、本件伐倒木に対する仮処分前の占有権に基いて、控訴人に対し換価金の返還を請求するものであつて、換価金の回収を求めるものではない。

(2)  控訴人が、昭和二七年四月一二日提起した同支部昭和二七年(ワ)第七七号所有権確認請求の訴を昭和三〇年四月二六日取下げたこと、控訴人が、被控訴人を相手方として昭和三一年一一月二日右取下げた訴と同じような訴を提起したこと(同支部昭和三一年(ワ)第二二一号松立木等所有権確認請求事件)は、これを認めるが、被控訴人は、まだ訴状副本の送達を受けていない。

(3)  控訴人は、本件仮処分の本案訴訟をみずから提起したものであるから、前記売買契約確認請求事件を、本案訴訟と誤信したという控訴人の主張は認めることができない。換価金受領に関する一連の行為は、控訴人が故意にしたものである。

(4)  控訴人が、執行吏から受取つた換価金と同額の金員を執行吏に返還したことは、これを認めるが、仮処分の執行が解放されたため、執行吏が供託した換価金の払戻を受けた以上、後日換価金としてこれを供託し直す方法はない。執行吏は、控訴人から返還を受けた金員を供託することなく、自分の銀行預金通帳に入れてあるのである。控訴人の仮処分の解放を撤回したとの主張は、意味が明らかでなく、また仮処分が原状に復したとの主張は、全く事実に反するものである。

(5)  被控訴人は、本件仮処分(同支部昭和二六年(ヨ)第一七号事件)の取消申立をしたが、(同支部昭和二七年(モ)第五〇号、仙台高裁昭和二七年(ネ)第二五九号事件)右事件の審理中、控訴人は終始一貫して、その本案訴訟は、前記昭和二七年(ワ)第七七号所有権確認事件であること、したがつて、前記立木売買契約存在確認事件で、被控訴人が第一審で勝訴したことは、仮処分取消の理由とならないことを強く主張した。このような控訴人が、右立木売買契約存在確認事件の勝訴によつて、換価金の交付を受け得るものと誤信したというのは、あまりにも白々しい主張であつて、信義誠実の原則に反する。控訴人は、誤信したものではなく、故意に換価金を受取つたものである。

(6)  被控訴人は、占有権侵害を原因として本訴請求をするものであるから、本権の存否にふれる必要はない。本権の争は、被控訴人が控訴人を相手取つて、昭和三〇年四月二五日提起した立木売買契約締結並立木引渡等請求事件(同支部昭和三〇年(ワ)第六二号)及び控訴人が被控訴人を相手取つて昭和三一年一一月二日提起した松立木等所有権確認請求事件(同支部昭和三一年(ワ)第二二一号)によつて決定されるべきであるが、被控訴人は、本件伐倒木に対しては所有権に基いて正当に占有権を有するのであつて、本権のない占有ではない。

(7)  執行吏は、昭和三〇年三月三〇日本件仮処分を解放したとき、直ちに、仮処分物件に代わる換価金を被控訴人に返還すべきものであつたのに、同年四月二日これを控訴人に払渡したが、右は明らかに被控訴人の返還請求権を侵害したもので、両者の共同不法行為であるから、その侵害に対し民法第七〇九条の規定による損害賠償を求めるものである。原判決三枚目表八行以下(3) の請求原因は、占有訴権とは関係なく、右に主張したとおり、不法行為による損害賠償を求める趣旨である。若し被控訴人が、前示換価金の交付を受けるときは、これを経済的に利用し、かつこれから生ずる果実を取得することができるのに、右不法行為によつてこの利益を奪われ、被控訴人が被りつつある損害は少なくない。

と述べたほかは、原判決摘示事実と同じであるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否も、原判決のこの部分の摘示と同じであるから、これを引用する。

理由

甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二第六号証、乙第一、二号証に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

被控訴人は、昭和二五年九月二二日控訴人からその所有の福島県耶麻郡北塩村大字檜原字大府平原一、一七二番山林などに生立する赤松立木を買受けたと主張し、赤松約一、〇〇〇石を伐採したので、控訴人は、被控訴人を相手取つて、昭和二六年三月三〇日福島地裁会津若松支部から、被控訴人の右山林立入、右伐倒木処分などを禁止するとの仮処分決定を受け、同年四月一日これを執行したこと、(同支部昭和二六年(ヨ)第一七号仮処分申請事件)被控訴人は、控訴人を被告として立木売買契約存在確認事件を提起したが、昭和三〇年二月一日被控訴人敗訴の判決が確定したこと、(同支部昭和二六年(ワ)第二九号、仙台高裁昭和二六年(ネ)第二九三、二九四号、最高裁昭和二八年(オ)第二七七号事件)他方、控訴人は、被控訴人を被告として右仮処分の本案訴訟として所有権確認請求の訴(同支部昭和二七年(ワ)第七七号事件)を提起したが、昭和三〇年四月二六日右訴の取下をし、さらに、昭和三一年一一月二日これと同様な訴(同支部昭和三一年(ワ)第二二一号松立木等所有権確認請求の訴)を提起したこと、右仮処分の目的物件については換価命令が発せられたので、(同支部昭和二六年(ヲ)第三号、仙台高裁昭和二六年(ラ)第三七号、最高裁昭和二七年(ク)第一二九号事件)執行吏は、これを換価し、昭和二七年九月一日その競売々得金七五万円を福島地方法務局若松支局に供託したこと、控訴人は、右仮処分の解放申請をしたので、執行吏は、昭和三〇年三月三〇日その執行を解除し、翌三一日その旨を被控訴人に通知し、同日前記供託物の還付請求手続をし、同年四月一日右支局から供託金七五万円、利息金二万七千円の交付を受け、翌二日右金額を控訴人に交付し、さらに、同月一四日利息金一万八千円を控訴人に交付したこと、以上の各事実を認めることができる。

およそ執行吏は、仮処分の目的物件がその保管に付されている場合に、債権者の申出に応じてその執行を解除するときは、執行前の状態に復せしめなければならないのであるから、執行処分解除後遅滞なく仮処分の目的物件を債務者に引渡さなければならない。もし仮処分の目的物件が執行裁判所の命令によつて換価供託されている場合に、執行吏が右と同様の事情で執行処分を解除するときは、(右解放について執行裁判所の執行処分取消決定を得る必要があるかどうかは、しばらくおく。)換価金は、目的物件に代わるものであるから、執行吏は、供託金及びこれに対する利息を債務者に引渡さなければならないわけである。したがつて、執行吏は、本件供託金及びこれに対する利息合計金七九万五千円を被控訴人に引渡さなければならなかつたのである。

被控訴人は、仮処分前の右係争物件に対する占有権に基いて、控訴人に対し、控訴人が執行吏から受取つた特定の金七九万五千円そのもの、もし右特定の金銭を滅失したときは、同額の金員の支払を求めると主張するので、判断するに、占有回収の訴係属中に訴の目的物が換価命令によつて換価されても、また占有回収の訴提起に先きだち目的物の処分禁止などの仮処分を得たときは、目的物の換価後に訴を提起しても、右目的物の上に存した占有権の効力は、当然に換価金の上に及ぶものと解すべきであるから、被侵奪者は、目的物に対する占有権の効果として、右換価金の引渡を求め得るものと解すべきである。しかし被侵奪者が、このような措置を採らない間に目的物が処分されると、その承継取得者が悪意でない限り、被侵奪者は、何人に対しても占有回収の訴を提起することは許されない。被控訴人は、本件物件について、占有回収の訴を提起したこともなく、またその前提として保全処分を申請したものでもなく、ひとたびも占有訴権を行使しない間に本訴物件は適法に換価されて競落人の所有に帰したのであるから、被控訴人は、いまさら本訴物件に対する本件仮処分前の占有権を主張して、本訴物件の回収を訴求することが許されないと同様本訴物件に代わる換価金の引渡を訴求することも許されない。被控訴人の仮処分前の本訴物件に対する占有権に基く(1) 及び(2) の請求は、

その余の争点の判断をするまでもなく、失当であることが明らかであるから、これを棄却すべきものである。(被控訴人が、訴状であげた大審院明治四三年(オ)第三六七号、明治四三年一二月二〇日第一民事部判決、民録第一九輯九六七頁以下。右判決を引用している大審院大正一三年(オ)第一、一〇五号、大正一四年五月七日第一民事部判決、民集第四巻二五〇頁以下。右判決は、いずれも占有回収の訴提起後に目的物が換価された場合に関するものであつて、本件には適切でない。)なお、原審証人小日山政義の証言及び乙第三号証によれば、控訴人は、一旦執行吏から受取つた換価金を昭和三〇年五月二八日執行吏に返還したことが認められるから、これによつて右換価金は執行吏が法務局支局から払戻を受けたときの状態に回復されたものというべく、この点からするも、被控訴人の占有権に基く控訴人の請求は、理由がない。

次に、被控訴人の、不法行為を原因とする損害賠償の請求について考えるに、執行吏が、払下を受けた供託金を被控訴人に交付すべきものであつたことは、先きに述べたとおりである。ところが甲第三号証で明らかなように、控訴人は、被控訴人から控訴人に対する同支部昭和二六年(ワ)第二九号事件が、昭和三〇年二月一日上告棄却によつて被控訴人敗訴の判決が確定すると、本件仮処分事件の本案訴訟はなお係属中であつたのに、これを本案判決と誤信し、右仮処分の執行処分解放の手続を採るとともに、前示のとおり執行吏から本件供託金の交付を受けたものである。すなわち、控訴人は、執行吏から供託金を受取る権限がないのに、あるものと誤信して、これを受取つたのであるから少くとも過失の責を免れることはできない。しかし、これがために直ちに被控訴人が損害を被つたものということはできない。何となれば、執行吏と権利者でない控訴人との間に供託金の授受が行われても、被控訴人の執行吏に対する供託金返還請求権に何らの消長を及ぼす道理はなく、被控訴人は、何時でも右権利を行使することができるからである。控訴人が、供託金を受取つても、それがために、被控訴人の供託金返還請求権が消滅するわけではなく、被控訴人は、損害を被つたものということはできないから、被控訴人のこの部分も失当であつて、これを棄却すべきものである。

右と異る原判決は、不当であるから、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 沼尻芳孝 杉本正雄)

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